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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)8721号 判決 1967年9月14日

債権者 宗教法人浅草寺

右代表者執事長 壬生台舜

右訴訟代理人弁護士 原秀男

同 今村実

同 西村経博

同 山本政利

債務者 東京スペースタワー株式会社

右代表者代表取締役 片桐貞夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 藤本照男

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は「別紙目録記載の土地のうち、同目録添付図面表示の赤斜線部分に対する債務者らの占有を解いて、東京地方裁判所執行官に保管を命ずる。執行官は、その保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。債務者らは前記赤斜線部分の土地上に建築中の建築物について一切の建築工事を中止し、これを続行してはならない。」との判決を求め、申請の理由としてつぎのように述べた。

一、債務者東京スペースタワー株式会社は、昭和四一年四月七日、資本金二、〇〇〇万円で(後に七、〇〇〇万円に増資)観光展望塔の経営、売店の賃貸等を目的として設立された会社である。

二、債権者は、非宗教法人「聖観音宗」をその包括団体として聖観世音菩薩を本尊とし、一宗の総本山として聖観音宗の教義をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成すること等を目的とする宗教法人である。

三、昭和四一年四月一日、当時の債権者代表役員(執事長)網野宥俊は債務者東京スペースタワー株式会社の設立発起人代表一条勝俊との間に、債権者所有の別紙目録記載土地(境内地)のうち四九五、八五平方米(一五〇坪)につき、右同日から五年間、同社に、地代坪当り七〇〇円で賃貸する。同社は右土地をスペースタワーという工作物の建設ならびに所有の目的で使用することとし、右工作物とその付属建物の様式設計については債権者と協議のうえ定め、建築後債権者が必要と認めた場合債権者の提供する代替地に移転し右土地を返還する等、一時使用を目的とする賃貸借契約を結んだ。

四、しかし右契約はつぎの理由により不成立ないし無効である。

(1)  賃貸土地の面積については合意されたが、具体的に境内地のうちどの部分を貸すか場所の特定をしていないから右契約は不成立である。

(2)  債権者にとり、右賃貸行為は、境内地の著しい模様替、用途変更、目的外使用を伴い、かつ不動産の処分に該当すると解されるから、宗教法人法二三条と当時の浅草寺規則三五条により、信徒総代の同意を得て、一山会議の議決を経たのち、その行為の少なくとも一月間に信者その他の利害関係人に対し右賃貸行為の要旨を示し、その旨公告しなければならなかったところ、この手続をふんでいないから、宗教法人法二四条により右契約は無効である。

(3)  債務者東京スペースタワー株式会社にとり、前記一条勝俊の賃借行為はいわゆる財産引受として変態設立事項に該当するから、これが同社の賃借行為として有効であるためには同社の定款と株式申込証にその具体的内容を記載し、裁判所選任の検査役の検査をへなければならなかったのにその手続をふんでいないから、右契約は無効である。

五、ところが債務者東京スペースタワー株式会社は、債権者に無断で、昭和四二年三月七日、東京都首都整備局建築指導部に対し、別紙目録記載の境内地につき、敷地面積四、二六四四七平方米(約一、二九二坪)、建築面積五七三・八二平方米(約一七三・八坪)建築物延面積一、〇九四・九六平方米(約三三一・八坪)におよぶ鉄筋コンクリート三階建の建築許可申請をするとともに、右建築工事および地上一一〇米、直径二五米余のスペースタワーという展望塔の建設工事一切を債務者株式会社長谷川工務店に請負わせた。

六、債務者長谷川工務店は昭和四一年一二月別紙目録添付図面(A)の部分一、三九五・六七平方米(約四二三・一四坪)にパネル板塀を設け、翌四二年四月上旬これを占拠し、(D)の部分に二階建作業場を建築し、(C)の部分に広さ約二〇〇・九六平方米(約六〇坪)深さ約一〇米の穴を掘り、(B)の部分四一八・六〇平方米(一二六・八坪)にシートパイルを打ちこんで合計六一九・五六平方米(約一八六・八坪)の工作物ならびに鉄筋コンクリート建物のための基礎工事を開始した。そして右パネル板塀の外の本堂裏境内地には、コンクリートミキサー車その他の車両を駐車させたり、建築材料を仮り置きしたりしている。

七、債権者は債務者らを相手どり土地賃貸借契約の不存在ないし無効の確認を前提とする土地所有権に基づく工作物等の除去請求訴訟等を提起すべく準備中であるが、債務者は右のように賃貸土地の場所的特定もなく、工作物と付属建物の様式設計についての協議もされていない段階で、合意された面積より広い土地を占拠して工事を強行しているのであり、もしこれを完成されてしまうと本案訴訟で勝訴してもその執行が著しく困難となるので本申請に及んだ。

債務者ら訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、債権者の申請理由中

第一、二項は認める。

第三項は一時使用を目的とする点は否認するがそのような契約が結ばれたこと自体は認める。

第四項(1)は否認、場所は契約書と一体をなす念書により、便所、変電室、立木、露店撤去あとと合意された。

同項(2)中右契約につき公告したかどうか知らないがその余は否認。右契約は信徒総代の同意一山会議の議決をへて結ばれたものである。かりに何らかの手続上の瑕疵があったとしても、債務者は善意の第三者に当るから右契約は有効である。

同項(3)中右賃貸借契約につき、定款や株式申込証への記載、検査役の検査をへていないことは認める。なお右契約は財産引受に当らぬと解するが、念のため無効であることを考慮して昭和四二年九月八日に株主総会を招集し、特別決議をもってこれを有効に取得する予定である。

第五項中債権者に無断でしたとの点を争い、その余は認める。

第六項は認める。

と述べた。

疎明≪省略≫

理由

債務者東京スペースタワー株式会社は、昭和四一年四月七日観光展望塔の経営、売店の賃貸等を目的として設立された会社であり、債権者は非宗教法人聖観音宗を包括団体とし同宗の教義をひろめること等を目的とする宗教法人であること、同月一日、当時の債権者代表役員網野宥俊と右債務者会社設立発起人代表一条勝俊の間に、債権者所有の別紙目録記載土地のうち四九五・八五平方米(一五〇坪)につき、同日から五年間、地代坪当り七〇〇円、スペースタワーの建設と所有の目的で使用すること、スペースタワーとその付属建物の様式設計について当事者間で協議する、建築後債権者が必要と認めた場合債権者の提供する代替地に右スペースタワー等を移転して右土地を明渡す等を内容とする賃貸借契約が結ばれたことは当事者間に争いがない。

そこでこの契約の成立ないし効力について判断する。

第一に債権者は、賃貸土地が場所的に特定されていないから契約が成立していないというが、かりにそれが事実であるとしても、契約目的物は特定しうべきものであれば後に特定したうえ施行することが可能であるから、契約成立時に特定している必要はなく、そして前記争いのない事実によると別紙目録記載の境内地のうち四九五・八五平方米と特定しうる内容の契約が結ばれているのであるから、右契約は成立しているという他なく、この点に関する債権者の主張は理由がない。

第二に宗教法人法二三条、浅草寺規則三五条所定の手続をふんでいないから無効という点は、そのような手続をふまない限り浅草寺代表役員は処分の権限がない者たるに止まり、従って単なる管理行為たる短期賃貸借は有効になしうる(民法六〇二条)のであるから(前記各法条からも、短期賃貸借は軽微のものないし一時の期間に係る場合として明らかに除外されている)、債権者が右契約を短期賃貸借と主張する以上(右契約が短期賃貸借として結ばれたか否かは、本件では判断しない)、右手続をふんでいないことは契約の無効原因となる余地がなく、この点に関する債権者の主張も理由がない。

第三に債務者東京スペースタワー株式会社が右契約につき財産引受として商法所定の手続をふんでいないから無効との主張については、発起人による営業用不動産の賃借行為は、権利金や賃料を伴う有償双務契約であり、過大評価によって会社の財産的基礎をそこなうおそれがあること、売買による財産取得と異ることがないから、商法一六八条一項六号の財産引受に当ると解されるところ、同社がその手続をふんでいないことは当事者間に争いがないから、右契約は一応無効であると解される。

ところでこの場合の法律関係についてみると、発起人による定款記載等商法所定の手続をふまない財産引受は、設立中の会社の機関たる発起人の権限外の行為であるから、無権代理人による契約に類似し、債権者は相当の期間を定めて契約の効果を同社に帰属させるか否か催告して契約を確定させることもできるし、取り消すこともできるが(民法一一四条、一一五条類推ただし債権者はその主張自体から、同社が設立中であり、土地賃借行為等開業準備行為につき代表権限のない発起人と契約をしていることを認識していることが明らかであるから取消権はないことになろう)そのような方法によって契約を確定させるまでは無効の効果を直ちには主張できないものと解すべく、またかりに契約の帰属が不確定のままで無効を主張できるとしても、同社にとって事後設立またはそれと同一の手続による追認、債権譲渡債務引受等の方法により右契約による賃借権を有効に取得することは可能であり、債務者ら訴訟代理人は同社が近く株主総会を招集して右瑕疵を治癒する予定であると述べ、弁論の全趣旨によると、近い将来そのような手続をふんで右契約の効果が同社に有効に帰属するであろうことが認められ、そうすると債権者の被保全権利は本案で実現されることなく消滅することになるから、そのような被保全権利は保全される適格がないものといわねばならない。以上いずれにしても債権者の被保全権利に関する主張は理由がないから、その余の点を判断するまでもなく本件申請を却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 北沢和範)

<以下省略>

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